タイトル

誰もが当たり前に交流できる場所へ とらいふ武蔵野「とらいふぁーむ」
  • 2024/05/21
  • バックナンバー
  • 最新ニュース

園芸空間を活用した価値の創造

施設は利用者にとっては自宅、職員にとっては職場にあたる。しかし、本来は地域住民にとっての居場所――サードプレイスになりえる場所ではないだろうか。敷地内の空間を使い、開放的な交流の場の提供を試みている施設を取材した。

特別養護老人ホーム「とらいふ武蔵野」は、デイサービスセンターと保育所を併設するユニット型の特養。職員に案内されるまま敷地内を歩いていくと、施設の庭とも言うべき場所に小広いガーデンスペースが見えてくる。バリアフリーガーデン「とらいふぁーむ」だ。

「施設と地域はどうしても分断されている感覚がありました。施設内にいる方も、地域の方も、誰もが交流ができて当たり前の場所ができたらと思って作りました」

運営企画推進室に所属する河原優子さんはそう話す。とらいふぁーむの構想が始まったのは3年前。ただでさえ閉鎖的な施設という場に、コロナ禍で面会や外出の制限が加わった時だった。当時は家族にも会えず、外にも出られないという中で鬱のようになってしまい、「死にたい」と繰り返す利用者もいたという。そして、それは職員も同じだった。交流が断たれるなか、やりがいを感じられなくなり辞めていく。そんな陰鬱な空気を打破するきっかけの一つとなったのは、「死にたい」と言っていた利用者の家族の一言だった。

「お母さんが昔、花や野菜を育てていた。何か物を育てることで、生きる活力が生まれないだろうか」

購入した1つのプランターとマリーゴールド。すぐに笑顔に――となることはなかったが、「花を見に行こう」という会話が生まれた。河原さん自身も、外で風や光を感じながら一人の人間として利用者と関われることの効果を実感したという。

かくして2022年の敬老の日、園芸療法・職員定着・地域との交流などを目的として「とらいふぁーむ」がオープンした。現在とらいふぁーむで育てているのは、花のほかえんどう豆やじゃがいもなどの野菜が主だが、中でも目を見張るのがビールの原料の一つであるホップだ。

「武蔵野市のスイベルアンドノットという広告企画会社がオリジナルビール製作企画をやっていて、ご縁があってとらいふぁーむで育てたホップからビールを作っていただきました」

昨年の9月、利用者と一緒に収穫したホップは「とらいふエール」として施設に到着。完成した200本のビールは、利用者をはじめ職員やとらいふぁーむに携わる地域の人と楽しんだ。

「法人の理念の一つは『福祉文化の創造』。社会福祉法人として制約もありますが、既成概念にとらわれずにやってみることを大切にしています」

そんなとらいふぁーむでは「コンヴィヴァリティ(自立共生)」というコンセプトを掲げている。

「自分が幸せでないのに、他人の幸せを考えられるわけがない。職員のQOLの高さは、ケアの質に大きな影響を与えます。とらいふぁーむに集う誰もが、一人の人間として当たり前に尊重され、そして共に生きる。特養という場所を単にケアを提供する場所ではなく、人々がお互いに迷惑をかけ合いながら幸せを感じられる場所にしたいんです」と河原さんは話す。「コンヴィヴィアリティ」にはそんな願いが込められている。

千葉大学大学院と交流の場の共同研究も

とらいふぁーむは構想当初から、千葉大学大学院・湯淺かさね助教と園芸空間を活用した多世代の交流創出に関する共同研究も行っている。とらいふぁーむで生まれた行動変容や、関わる人たちの心理的な変化を追っているという。湯淺助教は研究について次のように話した。

「植物があることで生まれる心情の変化はすごく大きいように感じています。ここで生まれた価値を一部でも一般化することができれば、また違う場所でも展開できるのかなと。そういった意味でも今後が楽しみです」

利用者家族の一言で始まったとらいふぁーむは、利用者や職員のコミュニケーションの場だけにとどまらず、地域における多世代・多主体交流の場になりつつある。今年度は、武蔵野市内の特養2施設と共同でホップの育成・ビール造りを行うという。今後の展開からも目が離せない。

ページトップへ