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「普通の暮らし」への共通理解を デイサービスmoi
  • 2025/02/25
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新たな価値観を創るために

埼玉県坂戸市でデイサービスや訪問介護事業を運営する3,speace(スリーズピース、山口真代表取締役)。障害があろうと認知症であろうと、行動制限は一切しないのが創業時からのモットーだ。「高齢者だから」と決めつけず、いくつになってもその人の可能性は引き出すことができる。普通に暮らし続けていくことの価値を共有できる社会にしたいという。

窓辺のカウンターに座ってコーヒーを飲みながら談笑している人たち。その後ろでは絵を描いていたり、ハサミを使ってなにやら作っていたり。キッチンでは午後のおやつの準備に立ちまわる人たちもいる。見れば壁の一角にはノコギリやトンカチがぶら下がっているし、誰がスタッフで誰が利用者なのかも一見区別がつかない。物や人であふれる空間は、ひと言で言うと「ごちゃごちゃ」。だが、なんとも居心地がいいのだ。


キッチンに立つと自然と身体が動く利用者

「誰もが自分の好きなことをして思い思いに過ごしているからでしょうね。うちではタイムスケジュールもないし、決まったプログラムをみんなで一斉にやってもらうこともしていません。だからいつも利用者さんたちは穏やかで、スタッフも一緒に楽しみながら1人ひとりを深く観察することができるのです」

代表の山口真さんが笑顔でそう話す。確かに、やりたくないことを強制されれば不穏になり、スタッフも無理やり誘導しなければならなくなる。

「行動を一切制しない」は、山口さんが創業した当初から、最も大切にしている理念だという。壁に工具がぶら下がっているのも、日曜大工が趣味だった高齢者がまた何か作ろうかと思うきっかけになるかもしれないから。起業する前からずっと高齢者介護や障害者福祉の現場で介護職として働いていた山口さんは、人が歳を取るというだけで諦めなければならないことが増えていくことにやるせない思いを募らせてきたという。デイサービスmoi(モイ)は、高齢者だから、障害者だから、という社会に染みついた固定概念を打ち破り、最期までその人の可能性を引き出す支援ができることを見せていくチャレンジの場だ。

だが、ノコギリや包丁を持てばケガをする可能性があるし、モノがたくさんあればぶつかったり転倒するかもしれない。普通に暮らしている中で当たり前のリスクだが、介護サービスの現場ではクレームになりかねない。これに対し山口さんは「自分たちの価値観を丁寧に説明する。それに尽きます」と言い切る。何度でも見に来てもらい、何度も説明し、納得した人と家族に利用してもらう。ずっとそのスタンスを貫いてきた。

実際にはこれまでケガをした利用者はおらず、家族とトラブルになったこともない。むしろ利用者数は増え続けている。moiに通うと元気になり、笑顔が増えるのが誰の目にも明らかだからだ。

認知症になり、自宅では家事もできなくなり役割がなくなっていたKさんは、moiで久しぶりに包丁を握った。すると誰もが驚くほど見事な包丁さばきを見せ、美味しい料理を振る舞ってくれる。その様子を見て、山口さんはKさんのために新たに食堂を開設した。Kさんはそこで女将として活躍し、地域の人たちとの交流も広がった。車いす生活だった人が様々な活動を続けるうちに手引き歩行まで回復したり、デイを卒業して仕事に復帰した例もある。

「危ないからと包丁を取り上げるのではなく、やりたいことを尊重しながら気配りや目配りをするのが介護のプロの仕事だと思います。もちろん、ケガを100%防ぐことはできない。だからこそ、価値観を共有できるよう、自分たちがしていることを常にオープンにしています」(山口さん)

スリーズピースでは個人情報には最大限配慮しながら、連日、SNSを駆使してデイの活動風景などを発信している。始めは介護サービスを利用していることを知られたくないと消極的な家族も、生きいきと楽しんでいる様子にイイね!が増えていくなかで配信を待ちわびるようになった。こういう職場で介護の仕事がしたいと、求人の申し込みをしてくる人もいるという。


地域の凧揚げ大会に毎年出場
みんなで作り上げた凧が空に舞い、うれし泣きする人も

ケアマネにも理解と協力を

近年、介護現場では利用者・家族からのクレームやハラスメント対策への関心が高まっている。山口さんは、なかでもケアマネジャーが過剰に反応し過ぎているのではないかと感じているという。

「デイサービスは在宅介護の中でも最も多様化していて事業所数も多いサービスです。利用者の希望に見合った事業所を提案するのはケアマネジャーとしてとても重要な役割ですが、クレームを恐れてじっくりアセスメントしたり、地域の事業所の特性を丁寧に説明するケアマネジャーが減っているように感じます」(山口さん)

自宅から近いという理由だけでケアマネジャーから紹介されてくる人も少なくない。また、要介護認定は受けていても、新たにデイに通うよりこれまで通りご近所づきあいを続けていくことができる人もいる。

「〝とりあえず〟のケアマネジメントが増え、丁寧な対話とコミュニケーションが薄くなることが、クレームやトラブルを生む要因の一つではないでしょうか」(山口さん)

高齢社会の先進国として、日本で暮らす私たちはこの先どのように生きていきたいのか。大切にしていきたいと思う「価値観」をみんなで考えていきたい。

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