- 2025/09/09
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青森県十和田市の「くらしラボ」は、介護事業だけにとどまらず、事業所に関わる人みんなが自分らしく生きられる地域づくりを目指している。利用者、スタッフ、地域、三方よしの運営を紹介する。
青森県十和田市。合同会社「くらしラボ」代表の橘友博さんは、この地で「ひとりケアマネ」として独立型居宅介護支援事業所の開設を皮切りに、6つの介護・福祉事業を展開している。同市で生まれ育ち、介護職で社会福祉法人に勤め、その後ケアマネになった橘さん。起業を決意したのは、現場での違和感からだった。
「利用者さんが歩きたいと希望して、歩く練習のためにデイサービスに通い始めたのに、自分から動こうとすると『危ないから座ってて』と言われてしまったり、決められたスケジュールやペースに合わせるためにご自身でできることや、やってみたいことが自由にできなかったり、モヤモヤすることがよくあったんです。同時に、介護保険制度の中で、地域づくりという方向性がありますが、地域にどう関わるか、なんとなくピンと来ていませんでした。考えて行きついたのが、僕にとっての地域はこの地元だということです。そこで、自立支援や本人のやりたいことに寄り添う事業所を、自分の生まれ育ったこの場所で作ろうと思い立ちました」
2015年に独立型居宅介護支援事業所「くらしの居宅介護支援事業所」を起業し、16年に訪問介護事業所「くらすけっと」、地域住民が有償で生活支援をする介護保険外サービス「くらしのミカタ」、17年に民家改修型デイサービス「くらしっこ」、19年に小規模多機能ホーム「くらしの家」と多目的交流スペース「くらっち」、23年に「サテライト おむすび」を開設。スタッフは69名(取材時)。小規模事業所から中規模へと拡大しつつある。
「くらしラボ」という会社名にも、会社の理念「あなたの“ふつう”を考える」にも深い思いが込められている。
「暮らし方は千差万別。それを突き詰めて考える会社にしたかったので、くらし(を考える)ラボ(研究所)という会社名にしました。例えばスターバックスではコーヒーも自分の好みに合わせてカスタマイズができます。個々の『ふつう』を実現するためです。でも介護サービスだと、決められたことしかできないことがある。そこで『あなたの“ふつう”を考える』という理念を掲げました。実現可能な理念にするために、その方法を『自立支援+個別ケアの実践』という式で表し、スタッフ全員に共有しています。具体的には『1日の流れは決めない』『やりたいことは我慢しない』『できることはやってもらう』の3本柱で、オーダーメイドの介護をしています。でも特別なことをしているわけではありません。目の前の利用者さんのことを真剣に考えて、丁寧にケアをしているだけですから」(橘さん)
最も大切にしているのは、日常の小さな幸せだ。
「だれもが、仕事終わりのビールやスイーツを食べる時など、1日の中でホッとする瞬間があると思います。そういう、その人の暮らしにとってかけがえのない時間をできるだけ多く叶えたいと思っています。このような目標をスタッフみんなで共有しアクションできるのが小規模事業所の特長ですね」
事業所を見学すると、朝に利用者が決めた昼食メニューを、スタッフと利用者が一緒に調理していた。若いスタッフが調理する横でアドバイスする人、率先して調理をする人。傍らのソファーでは、テレビを見たり、寝ている人も。どの事業所でも共通していたのが、利用者が自然体なこと。その場に合わせようとせずに好きなことをしている。スタッフも利用者の言葉や行動にじっくりと向き合う余裕が感じられた。
組織作りでも個性を尊重している。ユニークなのは、スタッフ個々の得意なことに光を当てた「特性手当」。スタッフはそれぞれ専門職種の資格を持っているが、個性も評価したくて始めたという。自分の特技を社内でどのように生かしたいかを管理者に宣言し、頑張りを評価されると月額3千円の手当が付与される。新しい発想で企画を考える「クリエイティブスタッフ」、環境整備や掃除が得意な「エコロジースタッフ」等だ。自分の強みを考えるきっかけにもなり、評価してもらえることで意欲が湧くだろう。
地域に根差した事業所運営にもこだわる橘さん。事業所はすべて、自宅から半径1km程度以内にある。
「子どもが少なくなって、町内会も高齢化が進み、子ども会やラジオ体操、お祭り等がどんどんできなくなってきました。住民同士の距離が遠くなり、分断が生まれていると感じています。そのため、僕たちがハブ役になって、お祭りを復活させたり、多様なイベントを企画しています。自分たちの地元は自分たちで、楽しく過ごせる場所にしたいですね」
橘さんは、多職種と一般市民で構成する「ライフリンク十和田」という任意団体の事務局長として地域の団体や人を繋ぐ活動をしたり、自身の子どもが通う地元の小学校のPTA会長も数年間務め、町内会等の集まりにも加入。経営者が能動的に地域の一員として活動することで、事業所が地域に溶け込みやすくなる。
「特に小規模事業所はその土地に合った本当の意味での地域密着型のサービスが提供でき、地域づくりの担い手になれると思っています」という橘さん。地域の土壌には、事業所が様々な人と繋いだ根が強く張り巡らされているに違いない。
橘さん
自治体の高齢化等でなくなった夕涼み会(盆踊り大会)を
「くらしの家」前の広いスペースを利用して復活させた。
地域住民と利用者が一緒に楽しむ
地元の高校生がくらしラボで開催したいと持ち込んだイベント企画
「キャンドル作り」