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私の医療・介護物語(187) ライター・エッセイスト 岡崎 杏里 氏(6)
  • 2025/11/28
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父の介護は私の貴重な人生経験

現在、父が入所している施設は、存命だった母と私が10カ所近く見学した中から「ここがいい」と第一希望としたところです。スタッフの対応が素晴らしく、食いしん坊の父にとっては最重要事項である食事がどこよりも美味しそうでした。また、アクティビティなども充実していて、入所者のみなさんが明るい顔をされているのも印象的でした。入所後も、コロナ禍にもかかわらず母の葬儀に父を気遣って送り出してくれるなど、母と娘の審美眼に間違いはなかったと思っていました。

大前提として、私は現場で働くスタッフは皆さん介護のプロフェッショナルとして尊敬をしていますし、絶対的な信頼も寄せています。ところが、ある日、1人のスタッフがある事件を起こしました。父は直接被害に遭ったわけではありませんが、被害に遭われた方やその家族のことを思うとなんと言ったらいいのかわかりません。

在宅介護から施設介護に移行する時点でそういったことに遭遇する確率はゼロではないし、在宅で介護をしていても事故や虐待などの事件を起こすケースもあります。頭ではいろいろわかっているつもりでいましたが、「そんなことはあり得ない」と思い込んでいた私は、父を他の施設に移した方がいいのか、在宅に戻るべきか、食事が喉を通らなくなるくらい考えてパニックになってしまいました。そこで、仕事を通じて出会った介護相談のプロに助けを求めると意外な答えが返ってきたのです。

事件を起こしたスタッフ以外の真面目に働いているスタッフたちも怒りや不安、そして、入所者や家族への申し訳ない気持ちで、苦しい思いをしているはずです。だからこそ、家族は心の底から「これからも信じる」といった言葉を掛けることが彼らの励みになり、これまで以上に家族とスタッフは強い関係性を結ぶことができる、と言うのです。

確かに、事件後の施設はすれ違うスタッフがみな「申し訳ない」と謝り、その顔からはいつもの笑顔が消えていました。そこで私は施設に赴き、まずは笑顔が消えた父のお気に入りのスタッフに感謝と変わらぬ信頼の気持ちを伝えました。すると、彼女の顔にいつもの笑顔が戻ったのです。

その後、事件に関する行政処分や反省、再発防止対策などが綴られた長い長い手紙が施設から届きました。それを読んで、同じ過ちを繰り返さないために施設がやるべきことがあると同時に、大切な家族を施設に託すにあたり、家族として、私ができることを改めてじっくり考えました。

現場の人手不足や賃金の改善などすぐにでも解決しなければならない問題は山積みです。それらの問題とは別に、施設入所後は施設に全てお任せではなく、入所者、スタッフ、家族が笑顔でいるために必要なことを考え実践していくのです。例えば、スタッフへの言葉かけや、1対1で話ができる電話でモチベーションが上がるような言葉をかけることなどです。

こうして、父の介護はその形態(在宅から施設)は変わりながらも、私に多くのことを教え、良くも悪くも貴重な経験をさせてくれるのです。(終わり)

(プロフィール)
おかざき・あんり 若年性認知症の父親の介護と卵巣がんになった母親の看病を20代から担う。その後、子育てと介護が同時進行のダブルケアラーに。著書に自らの経験をつづった『笑う介護。』(成美堂出版)など。
オフィシャルサイト https://anriokazaki.net/

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