- 2025/10/24
- バックナンバー
- 最新ニュース
デイでの入浴を拒否した母 最期まで自分の思った通りに
父が施設に入所し、母は独居の要介護者になりました。ここでも同居という選択をしなかったのは、身体的にも精神的にも距離が縮まることで起きる母との衝突と、以前に増して感情の起伏が激しくなった母との生活と育児を同時にする心の余裕が私にはなかったからです。
父に対する介護サービスの利用には寛大になっても、母は自分が介護サービスを使うことには消極的でした。それでも、父のケアマネジャーが母も担当してくれたことで、父のときにお世話になった顔見知りのヘルパーを派遣するなど、母の気持ちを大切にしたケアプランを立ててくれたのです。
少しの段差でも転ぶようになった母の1人での入浴を、私は何よりも心配していました。ケアマネジャーはデイサービスでの入浴を勧めましたが、母は断固拒否。ならば、私やヘルパーがいる時間の入浴をお願いしても、「私は寝る直前にお風呂に入るの」と聞く耳を持ちません。母が人と一緒にお風呂に入ることを嫌がる背景には、胆のう、脾臓の一部、卵巣がんにより子宮と卵巣をすべて摘出した大きな傷がお腹にあるからです。そのため友人から温泉旅行に誘われても、断っていました。
それでも、「お風呂でケガをしたら大変」と、私はデイサービスの利用を勧めました。一向に母は受け入れず、お互いに口をきかなくなるほど母娘関係は悪化。2人の仲を心配したケアマネジャーから、本人の気持ちも大切にしながら時間を掛けて説得していこうという提案を受け、お風呂問題は長期戦になっていったのです。
それまでシャワーで過ごしていた母が、気温が下がってくると湯舟に浸かりたいと言い出しました。ただ、母はお風呂で盛大に転び、太ももに大きなアザを作ります。私とケアマネジャーは「次はアザだけでは済まないかもよ」などと説得を続け、デイサービスに私と一緒に見学に行くことになったのです。
数日後にデイサービスの見学を控えた、ある日の午後、宅配弁当のサービスを利用するようになっていた母のところへ配達にいった業者から「岡崎さんの家が閉まっているし、何度呼んでも出て来ない」とケアマネジャーに連絡が入ります。私は小学校から帰宅した息子を自転車の後ろに乗せて、実家へ急ぎました。玄関のドアを開けて、居間に入ると昼間なのに電気が点いています。最悪の事態が頭に浮かび震えだした身体で、風呂場に進み、ドアを開けると、変わり果てた姿の母が湯舟に浮かんでいました。
結果、母はデイサービスにはいかないまま天国に旅立ってしまいました。「私が同居しなかったせいで……」「無理やりでもデイサービスに行かせていれば……」と自分を責める日々を過ごしていると、母の親友から「お母さんは最期まで自分の思った通りに生きられて幸せだったね」という言葉を掛けられて、ハッとしたのです。安全な生活も大切ですが、母が半年も首を縦に振らなかったことを推し進めたことは、果たして正しかったでしょうか。最期まで幸せであったかは、母にもう聞くことはできませんが、母は嫌なこと(人とお風呂に入る)は絶対に嫌として、最期まで自分の思った通りに生きることを貫いた……。今はそんなふうに思えるようになりました。(続く)
(プロフィール)
おかざき・あんり 若年性認知症の父親の介護と卵巣がんになった母親の看病を20代から担う。その後、子育てと介護が同時進行のダブルケアラーに。著書に自らの経験をつづった『笑う介護。』(成美堂出版)など。
オフィシャルサイト https://anriokazaki.net/

